この連載の最初の回で「鳥は意識さえすればわりと身近に見られる」という話をしました。そして近年は自然にあふれた場所でなくても,鳥がいるとはイメージできないようなコンクリートジャングルが広がる街なかでも多くの鳥が見られます。「街なかの鳥って言っても,スズメやカラスやムクドリくらいでは?」と思ったら大間違い。意外な鳥が都市を生活の場としているケースがでてきました。こういった鳥たちは「都市鳥」と呼ばれ,バードウォッチャーや研究者の注目を浴びています。
都市という場所は本来,人が住みやすいように作られた環境です。限られた土地で効率よく人が生活を営むための高層ビル,物流の基盤となるアスファルトの道路網,水路として三面をコンクリートで護岸された川など,戦後急速に自然度が低くなった環境では,鳥に限らず多くの生物が生息できず,さらに公害などの環境問題も相まって,都市から鳥は急速に姿を消しました。
こうした都市整備から数十年がたつと,環境が徐々に変化していきます。例えば街路樹は大きく成長し,都市の緑を増やします。また,ビルのような大きな建物を建設する際は「公開空地」という一般に開放されたスペースを作る法令ができ(1971年,建築基準法の総合設計制度),都市の場合は多くが植栽のある庭園のような空間になっています。河川についても防災や環境保全の観点から自然護岸が見直されるケースも増えてきました。こうした変化が図らずも都市の自然度を高めることになり,結果として鳥が暮らせる環境づくりにつながってきたのです。
こうした環境の変化に鳥も敏感に反応しました。もし生物の空白地になった空間にうまく適応できれば,広大な生活圏を得ることができます。鳥が生息するために必要なものは「食物」と「営巣地」であり,大きくなった樹木は鳥たちに木の実や昆虫といった食物だけでなく,巣をつくる場所も提供しました。あまり都市鳥のイメージがなく,絶滅危惧種でもある猛禽類のハヤブサの場合,街で増えたドバトやムクドリを食物とし,ビルを断崖に見立てて営巣地とすることで,都市での生活を可能にしました。
都市鳥は特にバードウォッチングの経験が浅い人にとっておすすめの観察対象となります。身近にいるのでいつでも観察でき,かつ人の存在に慣れていることが多く,近くでしっかり見られます。場合によっては双眼鏡を使わず,自分の目だけで観察を楽しむこともできます。自然度の高い林などでは,鳥は目の前に一瞬出てきてくれても,すぐ隠れてしまうことが少なくありません。都市であれば公園のような限られた範囲を生活の場にすることが多いので,比較的長時間観察でき,食事や繁殖といった,なかなか見られない行動に出会うチャンスも増えます。また,都市鳥の見どころの1つに「どうやって人間生活に適応したか」があり,何を食べているか,どんなところに巣をつくるかなど,人のそばでたくましく生きている様子を見るのも都市鳥ならではの楽しみと言えます。2000年代に入って都市に適応し,急速に広まる鳥がいたり,逆に人の生活スタイルの変化で数を減らす鳥がいるなど,都市鳥の動向はまさに現在進行形で変化しています。記録を残しておくとおもしろいことがわかるかもしれません。
先に書いたように,都市は人の暮らしに都合よく作られた環境なので,時代とともに変化していきます。これに適応できなければ,都市鳥といえども暮らしにくくなったり,数を減らすことは起こりえます。例えばコンビニの駐車場などでよく見る都市鳥のハクセキレイは,趾(足の指)を失っている個体が少なくありません。これは人間が出すゴミが足に絡まったことが原因という研究があり,人の生活圏の近くで暮らすリスクの一つといえます。また,街路樹を生活の場としているヒヨドリやツミといった鳥にとって,樹木管理のために行われる強剪定で枝葉の大半をなくした木では生活を営めず,数を減らす可能性があります。同様に最も身近な鳥の1つであるスズメも,都市では電柱の構造物をうまく巣作りの場所に利用していますが,近年,防災や都市景観の観点から電柱や電線を地下に敷設する動きが広まっており,これが進むとスズメは都市での生活の場を失ってしまうかもしれません。
まだ記憶に新しいコロナ禍の折に,街なかの人口が減って外食店が営業しなくなったために,飲食店から出るゴミに食物を依存していたカラス類が減るといった例もありました。人間社会の目まぐるしい変化にさらされつつ,都市鳥たちの暮らしぶりも日々変わっているといえるでしょう。