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TOP > バードウォッチングをはじめよう 水辺に広がる鳥の楽園,ヨシ原でバードウォッチング
2月 水辺に広がる鳥の楽園,ヨシ原でバードウォッチング 水鳥も陸鳥も,一年中楽しめる場所
ヨシ原とは?

 湖や池,大きな川といった水辺の環境で,陸地と水面の間に人の背丈ほどもあるような,背の高い草が茂る草原が見られることがあります。時に数haの面積になるなど,広大なこの草原は「ヨシ原」と呼ばれ,名前の通りヨシというイネ科の多年生植物が繁茂しています(アシ,アシ原と呼ぶこともある)。ヨシ原の中にはヨシ以外にもガマ(ガマ科)やスゲ(カヤツリグサ科),チガヤ(イネ科)といった多様な植物があります。私たち人間にとってヨシ原は水の浄化に役立つといった効果があるほかに,魚やカニといった水辺の生き物,そして鳥にとっても非常に重要な生息環境になります。今回はこのヨシ原の鳥について紹介しましょう。

ヨシ原は水辺の環境の中ではポピュラーで,小規模なものは各地で見られる
多くの鳥に出会えるヨシ原は探鳥地としても人気だ
秋冬のヨシ原

 黄色く,枯れたようなヨシの草原が広がり,一見すると荒涼とした風景に見えますが,ヨシ原は冬のバードウォッチングで外せない環境の1つです。まずヨシ原のそばで耳をすませて待ってみましょう。小鳥たちがヨシ原の中を飛び回ってヨシが揺れる音がしたり,時折「パチパチ」と何かをついばむような音が聞こえてきます。この時期のヨシ原でよく見られる鳥の1つ,ホオジロ科のオオジュリンです。スズメとほぼ同じ大きさのこの鳥は冬になるとヨシ原に多く飛来して越冬します。他にも同じホオジロ科のホオジロアオジカシラダカなどもヨシ原の常連です。また春夏は主に林などにいるシジュウカラエナガといった鳥たちも,冬にはヨシ原でよく見かけます。なぜでしょう?それは先ほどヨシ原から聞こえる音に挙げた「パチパチ」という音がヒントです。この音は鳥たちがヨシの茎に付いている食物を採っている音です。ヨシの茎には多数のビワコカタカイガラモドキというカイガラムシの仲間が付いていて,それが冬の鳥たちの貴重な食糧源になっているのです。ふだんは目線より上の木の枝の中を飛び回る小鳥たちですが,ヨシ原は多くが目線より下に広がっているので探しやすく,鳥たちの採食シーンをよく観察できます。ただし,風の強い日は鳥たちはヨシの根元付近で活動しているため,なかなか姿が見えません。音も聞こえやすい穏やかな冬晴れの日がおすすめです。

冬のヨシ原でよく見られるオオジュリン。春になると頭全体が黒くなる
シジュウカラ(左)とエナガ(右)。春夏は林など木のある環境で見るが,冬は食物を求めてヨシ原に来ることが多い

 こうした小鳥類以外にも,ヨシ原を冬のすみかにする鳥はほかにもいます。ひと言で「ヨシ原」といってもさまざまな環境があり,例えばヨシ原の中に開けた水面が広がることがあります。こうした水面にはオオバンヒクイナなどのクイナ類,コガモハシビロガモといったカモ類が多く見られます。背の高いヨシに囲まれた水面は外からは見えにくく,地上から襲ってくるネコやイタチといった哺乳類の捕食者が来ても,込んだヨシの間に入れば逃げることができます。一方で,こうした多くの鳥がいる環境を鳥の捕食者が見逃すはずはありません。チュウヒノスリといったタカの仲間はヨシ原の直上,すれすれのところを滑空し,驚いて飛びだした鳥を不意打ちして捕らえます。また,地上からの捕食者から逃れられる点はタカの仲間にも好都合で,ヨシ原はチュウヒなどのねぐらになることが多いです。

チュウヒ(左)とハイイロチュウヒ(右)。チュウヒ類はヨシ原の代表的な猛禽で,特にチュウヒはヨシ原を繁殖の場所にすることもある。
ヨシ原に隣接して水面が広がることが多い。安全な水辺はコガモ(左)やオオバン(右)などの越冬地になっている
春夏のヨシ原

 荒涼とした冬の風景とはガラッと変わり,青々とした緑の草原が広がるのが春夏のヨシ原です。冬鳥たちは多くが去っていますが,この季節にはまた新しい鳥がヨシ原の常連となっています。初夏を迎えるころ,ヨシ原に「ギョギョシ,ギョギョシ・・・」とにぎやかな声が響きます。名前に「ヨシ」をもつ,夏のヨシ原の代表種オオヨシキリです。ヨシのてっぺんや,ヨシ原に生えたヤナギなどの目立つソングポストに止まり,なわばりを宣言するために大声で鳴き続けます。鳴いているときは口の中の鮮やかな赤色もよく目立ちます。なわばりとパートナーを確保すれば,そのままヨシ原で子育てを始めます。分布域は限られ,ヨシ原の中でもヨモギが生えるような少し乾燥した場所を好むコヨシキリという鳥もいて,こちらは口の中が鮮やかな黄色なのが目立ちます。声はオオヨシキリに似ていますが,少しか細くて高い印象です。

オオヨシキリ(左)とコヨシキリ(右)。姿は地味だが,声はよく目立つ

 同じく「ヨシ」の名を冠するサギ,ヨシゴイも夏のヨシ原でぜひ出会いたい鳥の1つです。日本最小のサギとして知られるヨシゴイですが,足を広げて2本のヨシをつかんで止まり,そこから頸を伸ばして魚を捕食するシーンや,外敵に見つからないように頸を長く上に伸ばして,ヨシに擬態するシーンなど,ユニークな行動を観察できます。  夏も終盤,秋の雰囲気を感じる季節になると,ツバメがねぐらとしてヨシ原を利用するようになります。街なかなど私たちの身近なところで子育てをするツバメですが,繁殖を終えた成鳥と幼鳥は,晩夏になるとヨシ原に集まってきます。日没前後のわずか数十分の間に,規模の大きなねぐらでは数万羽ものツバメが飛び交い,次々とヨシ原に飛び込んでいきます。ムクドリのような大きな声を発することはなく,比較的静かなねぐら入りですが,数の多さに圧倒される,壮大な空中ショーが展開されます。

ヨシ原を代表するサギ,ヨシゴイは「ヨシ原の忍者」とも呼ばれる(写真◎photoAC)
ヨシ原の中の開けた水面で見つけたカイツブリの幼鳥。ヨシ原の中で繁殖していたようだ
晩夏,ヨシ原の中で休息するツバメ(左)と日没前のツバメのねぐら入り(右)
ヨシ原の未来

 このように四季を通じて多くの鳥が見られるヨシ原という環境ですが,水面と陸地の間という立地から,その多くが開発で失われています。本州では大半のヨシ原が消失し,規模の大きなヨシ原は栃木県などに広がる渡良瀬遊水地や秋田県の八郎潟など,限られた場所にしか残っていません。当然,そこに暮らす鳥たちも数を減らしており,先ほど挙げたヨシゴイのほかに,オオセッカやサンカノゴイなど,絶滅危惧種に指定されている鳥も少なくありません。最初に挙げたようにヨシ原には水の浄化作用など,私たちの暮らしに役立つ面もあります。多くの生物のすみかとなっているヨシ原を見直すときが来ているのではないでしょうか?