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「猛禽」という言葉を辞書などで調べると,「鋭いツメや嘴,丈夫な足をもち,ほかの鳥や動物を捕食する鳥」と書かれています。生態系の中では食物連鎖の頂点に立ち,バードウォッチャー以外にもよく知られ,絵画などのモチーフにもよく登場し,強さの象徴として扱われています。もちろん,探鳥の対象としても人気の鳥のグループです。
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鳥の中で「猛禽」と称される鳥には,先ほど挙げた「タカ」のほかに,広義には「ハヤブサ」と「フクロウ」が加わります。実はこの3グループ,それぞれ「タカ目」「ハヤブサ目」「フクロウ目」という上位の分類で分かれ,分類の視点で見ればかなり別物です。ちなみにタカとハヤブサは,最近まで同じ「タカ目」に入っており,異なる分類の鳥が「ほかの動物を捕食する」という共通の生態を通して,似たような姿形になるという「収れん」のわかりやすい例となっています。現在,日本ではタカ目26種,ハヤブサ目8種,フクロウ目12種が記録されており,街なかから山奥まで,さまざまな環境に適応して生息しています。ここからは,身近な環境で見られる猛禽を紹介していきましょう。
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「鳶(トビ)に油揚げをさらわれる」「鳶が鷹(タカ)を産む」などのことわざで知られるトビは,タカ目タカ科に属する立派な猛禽です。私たちにとって,最も身近なタカといえるでしょう。街なかから山奥,海岸などあらゆる環境で見られ,「ピー,ヒョロロロー」という声で空を見上げたら,大きな翼を広げてゆったりと飛ぶ姿があったという人も多いはずです。主に動物や魚の死がいを食べるため,「ハンティングをしない,タカらしくないタカ」というイメージをもたれがちですが,昆虫や小動物,ときには鳥を狩ることもあり,神奈川県の江ノ島などでは,人の隙を突いて弁当から具材だけを奪うという“猛禽らしい”一面もあります。バードウォッチングの視点で見ると,個体数の多いトビはタカ観察の入門的な存在で,その飛び方や大きさをしっかり頭に入れておけば,ほかの猛禽との識別に役立ちます。
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次に紹介するのはミサゴです。このミサゴはタカ目ですが,タカ科に分類されるトビとは違い,この1種でミサゴ科に分類される,ちょっと変わったタカです。主に河川や海岸といった水辺で見られ,大きさはトビと同じくらいですが,より細長い翼と白い下面が特徴で,長大で鋭いツメや大きな嘴をもつ“猛禽らしい猛禽”です。生態ではほぼ魚食という点がユニークで,水面上を滑空したり,上空でホバリングをしながら魚を探し,水中にダイビングして捕らえます。近年,この迫力のある狩りがバードウォッチャーに人気で,被写体としてよく選ばれています。また魚食という特性から,その地域にどんな魚がいるかという魚類相を調査するために,ミサゴが子育ての際に巣に運んでくる魚を調べたという研究もあります。
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身近なハヤブサとして知られるのがチョウゲンボウです。ハヤブサの仲間はタカ類と違い,先のとがった翼をもち,持ち前のスピードや巧みな飛行術で獲物を捕らえるハンターです。チョウゲンボウはビルや橋げたで繁殖することもあるくらい身近なハヤブサですが,よく見るのは冬の開けた農耕地や河川敷などで,電線や電柱,杭の上に止まっている姿をよく見ます。体は赤褐色で,雄は頭と尾羽が青灰色の美しい姿をしています。飛んでいるときは,とがった翼と長い尾羽が目につき「トンボっぽいシルエット」という人もいます。主な獲物はバッタなどの昆虫やネズミなどの小動物ですが,ミサゴ同様に上空でヒラヒラと羽ばたきながら獲物を探し,一気に急降下して捕らえるというスタイルのハンティングをします。一説によると,チョウゲンボウは人には見えない紫外線の領域を認識でき,ネズミが残した尿(紫外線を吸収する)の痕跡をたどることができるとされています。
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今回挙げたトビ,ミサゴ,チョウゲンボウは特に人の生活の近くで暮らす猛禽です。繁殖地が意外と近くで見つかることもありますが,猛禽に限らず,営巣中の鳥は人の存在に非常に敏感で,人に気づかれたことで子育てを止めてしまうケースが少なくありません。もし営巣中の個体を見つけたとしても,むやみに近づくことはやめましょう。
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