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8月 夏の水辺を舞うコアジサシ 水上を巧みに飛んで魚を捕る

 初夏から盛夏にかけて,海辺や川岸を歩いていると「キリリッ,キリリッ」という鋭い声とともに,まるでツバメのような形のスマートな鳥が飛んでいるのに出会うことがあります。夏の青空に映える白い姿の鳥,この鳥は最も身近なアジサシの仲間のコアジサシです。

成鳥は頭が黒く,黄色の嘴が目立つ。大きさはヒヨドリ程度と小さい。
ツバメのような燕尾が特徴。白い体が夏の青空に映える鳥だ。
アジサシとは?

 コアジサシはアジサシという鳥の仲間で,小さいので「コ(小)」が付いています。英名も小さいアジサシを意味する「Little Tern」です。アジサシは漢字で「鰺刺」と書くのですが,魚を主食とし,水中に飛び込んで嘴で串刺しにして捕らえるというこの鳥の生態をよく表したネーミングです。ちなみにコアジサシには「鮎鷹(鮎刺)」という別名もあります。川魚であるアユを,まるでタカのように空中から捕獲する場面が想像でき,これも水辺でよく観察できるコアジサシの生態にちなんだものとわかります。
 分類の視点で見ると,アジサシという鳥は広い意味ではカモメに近く(カモメ科),水辺で主に生活する点や,体の配色(上面は灰色で下面は白色)もよく似ています。カモメの中でも比較的小さく,翼や嘴は細長く,足は短いがアジサシといったところです。また,生態面の違いとして,カモメは死んだ魚や小動物なども食べますが,アジサシは基本的に生きた魚しか食べません。

小魚を捕らえて運ぶ。空中からのダイビングがコアジサシの狩りの手法だ。
同じカモメ科のユリカモメ。アジサシ類に比べると大形で足も長く,地上で歩くことも多い。
コアジサシ観察の見どころ

 コアジサシは前回紹介したオオルリキビタキと同じく,日本には繁殖のために渡来する夏鳥です。世界中に広く分布していますが,日本に来るコアジサシは冬は南半球のオーストラリアやニュージーランド付近で越冬していることが知られています。アジサシの仲間には南極と北極を行き来するキョクアジサシという,世界記録級の長距離の渡りをする鳥がいますが,コアジサシもかなりの長距離を渡る鳥といえます。
 長旅を終えて日本に来たコアジサシは,休む間もなくペアの相手を探します。オオルリやキビタキのようなさえずりのできないコアジサシにとって,ペアを探すポイントになるのは「求愛給餌」です。オスがメスに魚をプレゼントし,メスが受け入れればカップル成立,交尾となるのですが,オスが魚を持ってきてメスが食べても交尾はOKしないこともあれば,メスがペア以外のオスと交尾することもあるようで,繁殖の主導権はメスがもっているといえそうです。なお,コアジサシは雌雄同色なので,1羽だけではオスかメスかを判断できません。求愛給餌や交尾のときだけ雌雄がわかるのです。
 生存だけでなく,求愛に欠かせない魚のハンティングですが,コアジサシは巧みな飛行術で魚を捕らえています。よく見るのは水面上でホバリングしながら魚を探し,狙いを定めてダイビングして捕らえる場面ですが,急降下を途中で中止して急上昇し,改めて別の場所でホバリングをして魚を探すという離れ業もやってのけます。長距離の渡りを可能にする細長い翼は,本来ホバリングや飛行軌道の微調整には向いていないのですが,小柄な体を活かして次々に魚を捕らえてきます。
 ペアが成立すれば5~8月に河原や川の中州,海岸などでコロニーという集団を作って繁殖します。集団で繁殖することで,カラス類やチョウゲンボウといった外敵から卵やヒナを守るのですが,多いときで1,000羽以上の集団となることもあります。卵は3~4個でふ化まではだいたい3週間,さらに3週間くらいで巣立ちをしますが,巣立ち後もしばらくは親からの給餌を受けつつ,夏の終わりごろには渡りのための集団を作り,9~10月には南へと旅立ちます。

オス(右)がメス(左)に魚を渡して求愛する。
抱卵中のつがい相手への給餌。雌雄同色なので,見た目ではオスとメスの区別はできない。
獲物の魚を探すときには空中の1点に留まるホバリングをよくする。
抱卵中の親鳥。子育ては雌雄共同で行う。
巣は簡素で,地面に産みっぱなしのこともある。
巣立ちビナは頭がごま塩状に黒く,翼にはまだら模様がある。
巣立ち後もしばらくは親の給餌を受ける
身近だけど絶滅危惧種

 コアジサシは現在,環境省のレッドリストで絶滅危惧II類(VU)に指定されています。これは一時絶滅が宣言され,近年ようやく増加傾向が見えるアホウドリと同じランクです。2020年に指定されたとき,多くのバードウォッチャーは「コアジサシがそんなに減っているのか」と驚きを隠せなかったといいます。コアジサシ減少の大きな要因は繁殖が成功しないことにあります。
 コアジサシは河原や川の中州,海岸などにコロニーを作って繁殖すると紹介しましたが,これは「裸地」という共通した特徴があります。例えば近年の河川改修によって,川は氾濫しにくくなりました。それは人の生活にとっては良いことなのですが,定期的に川の氾濫がないと,河原や中州にはあっという間に草木が生え,裸地が消えてしまいます。また海岸も各地で砂浜の減少が心配されており,コアジサシの繁殖に適した海岸は減っています。狭い場所で小規模なコロニーしか作れなかった場合,コアジサシの卵やヒナを狙うカラスなどの外敵からの防衛力は低下し,コロニー全滅という事態も起きています。こうした繁殖適地の減少と,それに伴う繁殖失敗の増加により,近年のコアジサシの繁殖成功率は10%程度となってしまいました。
 コアジサシの減少を食い止めるためにさまざまな取り組みが行われています。例えばコロニーに人が侵入できないように立ち入り規制を行うことや,造成地にコアジサシが営巣しそうな場合は工期をずらすことなどが提案されていますが,近年注目されているのが,人の手による繁殖地の創出です。例えば東京では排水施設の屋上でコアジサシがコロニーを作ったという事例があります。最初はコンクリートの上にそのまま卵を産んだため,卵が風で飛んだり,卵が目立ってカラスに捕食されるケースが多かったのですが,営巣環境を整えるために砂利を入れたり,除草や捕食者から逃げるためのシェルターを設置するなどした結果,繁殖に成功するケースも出てきています。
 本来,裸地という環境は不安定なものなので,コアジサシもそれに適応し,良好な繁殖場所があれば,すぐにそこでコロニーを作るという,たくましく,柔軟な生態をもっています。コロナウィルス感染症の影響で航空機の発着が大幅に減った2020年の羽田空港で,突然コアジサシが繁殖したこともそれを物語っています。コアジサシが安心して子育てできる場所をどれだけ用意できるか,それがコアジサシ保全の大きなポイントといえます。

コロニー防衛のために飛び立った親鳥。コロニーが大きいほど,繁殖の成功率は高い。
コロニーに侵入したハシブトガラスに卵を捕食された。

水処理施設の屋上にコアジサシの繁殖場所を整備。模型(デコイ)を置いて,繁殖する親鳥を呼び込む。
調整池近くの,使用されていない駐車場で生まれた幼鳥。エサを持ってくる親鳥を待っている。
砂浜にコロニーができたので,人の立ち入りを制限する囲いを作った例。
コアジサシの繁殖地では似た環境で営巣するコチドリも見られる。