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TOP > トピックス 8月 海鳥の楽園 天売島(てうりとう)
ウミガラスの復活を目指して
100万羽の海鳥の繁殖地

 天売島は、北海道北西部の日本海に浮かぶ人口約330人の小さな島です。

 島の西側の断崖には、春から夏にかけて日本では天売島(北海道)だけで繁殖するウミガラス(絶滅危惧ⅠA類/環境省レッドリスト)、世界的に数が減少しているケイマフリ(絶滅危惧Ⅱ類/環境省レッドリスト)、ウトウなど、約100万羽の海鳥が繁殖のためにやってきます。とくにウトウは40万つがいが繁殖しているとされ、世界最大の繁殖地と言われています。日没後ヒナに与える餌をくちばしにくわえて持ち帰るウトウの群れは圧巻です。

天売島で真っ先に迎えてくれるウミガラスの像(撮影/中山文仁)
天売島で真っ先に迎えてくれるウミガラスの像(撮影/中山文仁)
北海道の日本海側に浮かぶ天売島
北海道の日本海側に浮かぶ天売島

 しかし近年、天売島で繁殖する海鳥のうち、ウミガラスやケイマフリなど、いくつかの海鳥では生息数が減少しています。今回は、その減少している海鳥たちの繁殖地でかつての姿をとり戻すために行われている様々な取組と、それに関わる人たちのお話をご紹介します。

岩礁で休むウミガラス(提供/北海道海鳥センター)
岩礁で休むウミガラス(提供/北海道海鳥センター)
アイヌ後で「赤い足」という意味の名前を持つケイマフリ。実は極東固有の海鳥で世界的にはウミガラスよりも個体数が少ない。海上でピリィリィリィリィリィーと鳴く(撮影/中山文仁)
アイヌ後で「赤い足」という意味の名前を持つケイマフリ。実は極東固有の海鳥で世界的にはウミガラスよりも個体数が少ない。海上でピリィリィリィリィリィーと鳴く(撮影/中山文仁)
*サントリー世界愛鳥基金2009~2010年度では、「知床におけるケイマフリの保護とその生態研究(知床海鳥研究会)」の活動に助成を行っています。
港に入り込んできたウトウ。英名はRhinoceros aukletで、サイのような角を持ったウミスズメ(撮影/中山文仁)
港に入り込んできたウトウ。英名はRhinoceros aukletで、サイのような角を持ったウミスズメ(撮影/中山文仁)
天売島西部に多数見られるウトウの巣穴(撮影/中山文仁)
天売島西部に多数見られるウトウの巣穴(撮影/中山文仁)
天売島で繁殖しなくなったウミガラス

 別名オロロン鳥の愛称で親しまれているウミガラスは、北半球寒冷地域に分布するウミスズメ科の海鳥で、かつて日本では天売島の他にも松前小島、ユルリ島、モユルリ島で繁殖していました。生息数も昭和38年(1963年)には8,000羽と推定され、かつての繁殖地である天売島の赤岩には、繁殖期になると狭い急峻な岩盤にぎゅうぎゅう詰めに立つウミガラスの姿が見られたようです。

 しかし、1960年代後半から急減し、1970年代には500~1000羽、1980年代には130~600羽、1990年には60羽、2000年以降は20~30羽前後(最大50羽)となり、ついに2005年には繁殖を試みる個体がほとんどいなくなりました。

 ウミガラスの生息数が減少した要因は、はっきりとはわかっていませんが、ヒナの餌資源となっているイカナゴ(スズキ目イカナゴ科の魚類。体長は10cm程度。海鳥の主要な餌資源)の減少、1960~70年代に盛んだったサケ・マス流し網による混獲、過度な観光利用、ハシブトガラスやオオセグロカモメなどの捕食者の増加が影響したと考えられています。

天売島のウミガラス生息個体数の推移(データ提供/環境省)
天売島のウミガラス生息個体数の推移(データ提供/環境省)
かつての赤岩。ウミガラスが岩にひしめいている(提供/北海道海鳥センター/村田英二氏撮影)
かつての赤岩。ウミガラスが岩にひしめいている(提供/北海道海鳥センター/村田英二氏撮影)
現在の赤岩の状況。赤丸の部分がウミガラスのかつて繁殖していた場所
現在の赤岩の状況。赤丸の部分がウミガラスのかつて繁殖していた場所(提供/北海道海鳥センター)
ウミガラスを守る

 環境省は、昭和57年(1982年)に天売島全域を国指定鳥獣保護区に、平成5年(1993年)にウミガラスを国内希少野生動植物種に指定し、平成13年(2001年)からはウミガラス保護増殖事業により様々な取組が始まりました。また、環境省が取組を始める前の1990年から、地元自治体や住民らが中心となってデコイの設置が進められていました。

 ウミガラスは大きな群れを作って繁殖する習性があり、その習性を利用した誘引の取組は、現在に至るまで試行錯誤しながら続けられています。具体的には、天売島周辺のウミガラスを繁殖場所に呼び寄せるためにウミガラスの模型(デコイ)を設置したり、ウミガラスの鳴き声を大音量で流したりすることで、仲間が集まっていると錯覚させ、個体を誘引するのです。

実際に流しているウミガラスの鳴き声(音声提供/北海道海鳥センター)

 サントリー世界愛鳥基金においても、2006年度に「ウミガラス繁殖地におけるコロニーの回復と海洋環境保全啓発(北海道海鳥センター友の会)」を対象に助成を行い、ウミガラスのデコイの購入およびデコイ設置活動の支援、誘引音声装置のメンテナンスなどの保護活動を行いました。

 これらの取組により2006年には屏風岩に繁殖個体が戻るようになりましたが、その頃にはオオセグロカモメやハシブトガラスによる卵やヒナの捕食が繁殖失敗の主な要因となっていました。屏風岩ではこれらの外敵による捕食でヒナが巣立つことはありませんでした。ところが、2008年に赤岩対岸で密かに繁殖を始めたつがいがおり、ヒナが巣立っていました。そのため、デコイ設置や音声誘引等の保護の取組を赤岩対岸を中心に実施することになりました。また、天敵からの卵やヒナの捕食を防ぐために、エアライフルでの外敵の駆除やオオセグロカモメやハシブトガラスの巣の除去なども積極的に行いました。

 その後、環境省や島民、関係機関の努力により、今では30羽程度が繁殖期に飛来し、毎年10羽程度のヒナが巣立つまでに回復してきました。

ここ10年間のウミガラス繁殖個体数と巣立ち数の推移(提供/北海道海鳥センター)
ここ10年間のウミガラス繁殖個体数と巣立ち数の推移(提供/北海道海鳥センター)

 回復に至るこれまでの苦労話を環境省の羽幌自然保護官事務所の竹中康進自然保護官、松井晋自然保護専門員、元自然保護専門員の長谷部真さんにお聞きしました。

長谷部真さん/元環境省羽幌自然保護官事務所 自然保護専門員(2009~2014年度)
「鳥類の研究者。サントリー世界愛鳥基金2015年度【『花の島』礼文島に海鳥?-ケイマフリ、ウトウ、ウミウの繁殖状況の解明(北海道海鳥保全研究会)】の案件で助成を受ける」

竹中 康進さん/環境省羽幌自然保護官事務所 自然保護官
「01年環境省入省。ウミガラスをはじめとする海鳥の保護と地域振興を目指す」

松井晋さん/環境省羽幌自然保護官事務所 自然保護専門員
「15年より環境省羽幌自然保護官幌事務所に勤務。動物生態学(主に鳥類学)の研究が専門」

保護増殖事業が始まった頃のお話を長谷部さんに聞きました。
-1990年からデコイの設置が地元自治体や住民らが中心となって始まり、2001年からは環境省が主体となるウミガラスの保護増殖事業が始まったわけですが、当時の状況はどうでしたか?
長谷部

 1990年代後半から2000年代は、今にも繁殖個体群が消滅しそうな状況だったようです。環境省は取組をはじめた当初、屏風岩で保護増殖事業を行っていましたが、うまくヒナが育ちませんでした。2008年にウミガラスを誘引していた屏風岩ではなく赤岩対岸で繁殖を始め、ここではじめてヒナが巣立ちました。実は、屏風岩ではヒナは捕食されて巣立たなかったのです。

-営巣場所が変わったわけですね。どうしてでしょうか。
長谷部

 屏風岩はオープンな場所で外敵のオオセグロカモメに周りから攻められ、ヒナを持って行かれる。また、ハシブトガラスにも卵を持って行かれるのです。ウミガラスは集団で捕食者を防衛するのですが、防衛できるほど数が多くなかったのでしょう。

天売島のウミガラスの繁殖地
天売島のウミガラスの繁殖地
-オオセグロカモメがウミガラスのヒナを食べるのですね
長谷部

 そうです。ヒナを丸呑みします。2009年からは、捕食者からの防衛能力を高めるために赤岩対岸の窪みでデコイの量を増やしました。窪みを塞ぐようにデコイを設置し、捕食者からの盾としたのです。それでも、2010年は外敵による捕食でウミガラスのヒナは全滅しましたけどね。

-ちょっとショッキングですね。
長谷部

 そうなんです。そこで、捕食者対策としてウミガラスの卵やヒナを襲う個体のみエアライフルでの駆除をしようということになったのです。こういった対策を2011年から実施したところ、ヒナが巣立つようになりました。

-いろいろな紆余曲折があったのですね。
長谷部

 ウミガラスは巣立つ時に崖から飛び降りるのですが、飛び降りる時にはヒナは無防備になります。その時に捕食者に襲われたら一巻の終わりなのです。私はそのような事態にならないよう、もし捕食者が現れたら助けてやろうと見守っていました。2011年からは、幸いにそのようなことはなく、無事に巣立ちを見届けられました。

-ご苦労されたのですね。今では順調にヒナの巣立ち数が多くなり、良かったですね。
赤岩対岸の窪みに設置されているウミガラスのデコイ(提供/北海道海鳥センター)
赤岩対岸の窪みに設置されているウミガラスのデコイ(提供/北海道海鳥センター)


現在の営巣地の様子(提供/北海道海鳥センター)
2016年6月25日ヒナを確認 2016年7月5日ヒナの成長を確認


現在の状況を、竹中自然保護官と松井自然保護専門員に聞きました
-ウミガラスの飛来が確認されなくなったところから、30羽までに回復するとはすごいですね。
竹中

 今までの取組の成果が少しずつ出ていると思います。現在は、デコイの設置や音声再生装置による個体誘引に加えて、ここ最近ではハシブトガラスやオオセグロカモメなどに捕食されるケースが多いので捕食者対策を行っています。今では天売島にきてくれたウミガラスは、諸外国の繁殖成功率と同じレベルで繁殖に成功しています。

 一方で、繁殖している個体数が30羽程度なので、安定的に繁殖ができるかというところでは、まだこれからです。いい方向に向かっているのは確かですが、まだまだ予断を許さない状況だと思います。

-現状の繁殖地は岩壁の窪みのような場所だと聞きました。また、その窪みにはまだスペースに余裕があるとか。
竹中

 ありますよ。100~200羽ぐらい入る余地はまだあると思います。そこにどうやってきてもらうかというところですね。

現在の繁殖地、赤岩対岸の窪み(赤丸)(提供/北海道海鳥センター)
現在の繁殖地、赤岩対岸の窪み(赤丸)(提供/北海道海鳥センター)
-去年は飛来数が減ったようですね。
竹中

 飛来個体数は、繁殖地の自動撮影カメラに写った個体を数えています。ただ数羽増えたとか減ったとかは、カメラの設置場所などで変わる可能性があります。今わかっているのは、30羽程度は天売島にやってきているということですね。

-現在の天売島での保護活動の課題は、繁殖成功率を上昇させ、新たな個体をどれだけ呼び込めるかというところでしょうか。
竹中

 そうですね。春には天売島と北海道の間の海域で、サハリンなどの北方の繁殖地へ移動する個体が何百羽と見られます。そういう個体をうまく誘引できるといいのですが。

松井

 ウミガラスは5歳で繁殖年齢を迎えます。繁殖経験のある親鳥は毎年同じ繁殖地に戻って子育てするので、サハリンなどの海外の繁殖個体が天売島に移住してくる可能性は低いでしょう。いっぽうで、繁殖年齢に達していない若鳥は自分が生まれた繁殖地以外の場所に分散する可能性があります。このため天売島生まれの若鳥、さらには海外で生まれた個体が、天売島で繁殖を開始してもらえるような取組を模索しているところです。

竹中

 2015年に飛来数が若干減ったということを考えると、新たな誘引個体をどのように増やしていくかというところが今後の課題だと思っています。ウミガラス保護増殖計画では本種が自然状態で安定的に存続できる状態になるのが最終目標ですから。まだまだ課題が多いというのが現状だと思います。

-ありがとうございました。
ウトウの観察は、5月下旬~7月上旬が見頃
ウトウの観察は、5月下旬~7月上旬が見頃

 関係者の努力により、ウミガラスは絶滅の危機を脱しようとしています。このまま順調に個体数を増やし、かつての繁殖地の姿を取り戻すまでには至らないかもしれませんが、増えていって欲しいですね。

 みなさん、いかがでしたでしょうか。ウトウの帰還は、ヒナがふ化する5月下旬から巣立ち始める7月上旬にかけてが見頃です。ヒナに餌を与えるために小魚をくわえた大群が、一斉に飛び交い巣に戻ってくる様子や、その餌を狙うウミネコたちとの壮絶な争いは鳥に詳しくない方でも感動できるものと思います。

 毎年繰り返される海鳥の営みを見に、海鳥の楽園、天売島に足を運んでみてはいかがでしょう。

(取材/一般財団法人自然環境研究センター上席研究員  中山文仁)