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2月 消えたウグイスの声の謎 さえずりと地鳴きのはなし

 寒い日が続きますが、そろそろ春も近づき、温暖な地域ではウグイスの声も聞こえるようになるでしょう。今月は、春に鳴きはじめる鳥の声のお話です。

ウグイスはどこに行った?

 その年に最初に鳴き声を聞いた日のことを初鳴日(しょめいび)といい、ウグイスの初鳴日は桜の開花などとともに生物季節観測にも使われています。春になると誰しもウグイスの「ホーホケキョ」という声は待ち遠しいものですが、その後ウグイスがいつ頃まで鳴いているのかを気にしている人はあまりいないのではないでしょうか。夏頃までは鳴いていたけど、聞かなくなったのはいつ頃からだっただろう?そんな風に思う人の方が多いでしょう。春から夏にかけて鳴いていたウグイスはどこに消えてしまったのでしょうか?

ウグイス
ウグイス(静岡県富士宮市「朝霧高原」 撮影/今井仁)

 ウグイスは全国的に分布しますが、北海道や本州の雪深い寒冷地では冬に温暖な地方に移動するのでいなくなってしまいます。その一方で、本州などの多くの地方では、個体の移動はありますが1年中私たちの近くに生息する鳥なのです。では、なぜいつの間にか「ホーホケキョ」が聞こえなくなるのでしょうか?

生物季節観測
生物季節観測に用いられるウグイスの初鳴日(等期日線図 1981年~2010年平均値) 提供/気象庁
さえずりと地鳴き

 鳥の鳴き声には大きく分けて2通りあります。さえずりと地鳴きです。さえずりというのは、オスの個体が主に繁殖期になわばりを宣言したり、メスを呼ぶために鳴く声で、ウグイスの「ホーホケキョ」はこのさえずりにあたります。一方、地鳴きというのはさえずり以外の声で、警戒や攻撃、飛翔時などに発する他、仲間同士の情報伝達などで発する鳴き声のことをいいます。非繁殖期はもっぱら地鳴きだけです。ウグイスでは「チャッ、チャッ、チャッ」と舌打ちをするように鳴きます。冬には笹やぶなどの中で鳴くことが多いので、この地鳴きの事を「笹鳴(ささなき)」といって、俳句の冬の季語としても知られています。
 一般的にはウグイスというと「ホーホケキョ」というイメージが強く、春の鳥といった感じですが、本州など多くの地域では冬の間にも「チャッ、チャッ、チャッ」と鳴きながら私たちのすぐ近くにいるのです。

ササやぶのほうから「チャッ、チャッ」と地鳴きが聞こえます。声のする方をじっと我慢して見ていると、ササが揺れてその奥に何かが動いています。ウグイスです。冬はこのようなやぶの中を鳴きながら移動しています。運がよいと、やぶのへりのほうに出てきて、全身の姿を間近で見ることもできます。(東京都江戸川区「葛西臨海公園」 撮影/鈴木隆)
わかりやすい言葉で

 さて、この「ホーホケキョ」、「法法華経」と書くことがあります。別にウグイスと仏教に深い関わりがあるわけではなく、あのさえずりをわかり易く表現したり、覚え易くするために、人の言葉に例えたのです。これを“聞きなし”といいます。ウグイスの他にも、ホトトギスの「特許許可局」、サンコウチョウの「月日星ホイホイホイ」や、以前、このコテンツでも紹介したツバメの「土食って虫食って渋~い」などがあります。
 一度「法法華経」と聞きなすと、頭にしみついてそれ以外の聞きなしができなくなってしまうかもしれませんが、聞きなしに特別なルールはありません。「も~う、起きろ!」と聞きなす人もいるようです。お寝坊さんには耳の痛い聞きなしですね。皆さんも自由に自分なりの聞きなしをしてみましょう。




枝の先を探してみよう

 ウグイスの他に、春先になると里山や河川敷の低木などにとまってさえずる身近な鳥にホオジロがいます。全長は17cmほどで、スズメとほぼ同じ大きさです。首から下は赤味を帯びた褐色で、背面は褐色に黒い縦縞があります。名前の通り、頬が白いのが特徴です。

ホオジロ
ホオジロ(静岡県南伊豆町 撮影/今井仁)

 春先にそのようなのどかな場所を歩いていると、「一筆啓上仕候」(イッピツケイジョウツカマツリソウロウ)、「源平つつじ白つつじ」といった鳴き声が聞こえます。ホオジロのさえずりの聞きなしです。「一筆啓上仕候」は手紙の書き出しで、簡単に申し上げますの意味です。「源平つつじ」は源氏の旗が白、平家の旗の色が赤であったことから、赤白の花が咲くつつじのことを指すようですが、もちろんホオジロとは関係ありません。ただの語呂合わせです。「札幌ラーメン、味噌ラーメン」という聞きなしもあるようです。

 鳴き声が聞こえたら、さえずっているホオジロを探してみましょう。たいてい木のてっぺんや枝の先など、目立った場所にチョコンととまっています。双眼鏡や望遠鏡を持っていたら覗いてみて下さい。胸を張って上を向き、精一杯さえずっている個体が見つかるはずです。自分のなわばりを一生懸命に宣言しているのです。ところが一変、冬になると草むらややぶの中から「チチッ、チチッ」と地鳴きが聞こえるだけで、なかなか姿を見せてくれません。ホオジロを観察するなら、春が一番です。

金返せ!

 春先に畑地や背丈の低い草がまばらに生えているような河川敷に行くとヒバリのさえずりを聞くことができます。ヒバリは全体的に体が薄茶色で、背面に黒い斑点が入り、頭には冠羽といって逆立った羽があるのが特徴です。全長17cm程度の大きさですが、よく響き渡る大きな声で鳴きます。「利取る、利取る、日一分、日一分」(リートル、リートル、ヒイチブ、ヒイチブ)と賑やかにさえずります。この聞きなしには、昔話が関係しているようです。昔、太陽は地面で生活していた頃にヒバリからお金を借りて、それを返さないまま天高く上ってしまったので、ヒバリは毎日のように太陽に向かって空高く舞い上がり「利取る、日一分」(利息を取る、一日に一分)と大きな声で鳴いているというお話しです。「利取る、日一分」のほかにも聞きなしがあるのですが、この昔話が元になっており、「お天道様に金貸した、日一分、日一分」や「貸金貸金天道返せ」など、みな借金に関するものばかりのようです。

虫をくわえたヒバリ
虫をくわえたヒバリ(山口県周南市 撮影/中島朋成)
空を見上げてみよう
飛んでいるヒバリ
飛んでいるヒバリ(茨城県稲敷市 撮影/今井仁)

 さえずりが聞こえたら、鳴いている方向の空を見上げましょう。空中で数分間は鳴き続けますので、探す時間はたっぷりあります。よく探すと青空の中に小さな点が見えるはずです。双眼鏡で覗くと小刻みに翼をパタパタさせながら鳴いているヒバリが見つかることでしょう。また、鳴きながら地面から飛び立つので、鳴き始めの時には自分の目の前を上昇していく姿を見る事ができます。ときおり、岩や草の上など地面から少し高い場所にとまって鳴くこともありますので、どうも見つからないというときには、地面の少し高いところを探してみて下さい。意外な所にとまってさえずっている姿を見つけることができるでしょう。

 冬には小さな群れで刈り取り後の水田などで見かけます。地鳴きは「ビリュッ、ビリュッ」と繁殖期とは全く異なった地味な鳴き声です。

 春はここでとり上げた鳥以外にも、たくさんの種類の鳥が活発に動き出す時期です。ポカポカ陽気の日には双眼鏡を片手に部屋から飛び出して、近くのフィールドに出かけてみましょう。そしてさえずりが聞こえたら、自分流の聞きなしを作ってみて下さい。

(一般財団法人自然環境研究センター 主席研究員 安齊友巳)