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12月 津波の被害をうけた鳥たち 鳥の繁殖地に残した津波のつめあと

 以前、東日本大震災に伴う福島第一原発の事故によって、放射性核物質の拡散と人間活動の消失による影響をうけた鳥たちを紹介しました。今回は地震とその地震により発生した津波の影響を受けた海鳥たちを紹介します。

津波の影響をうけた海鳥たち

 津波が押し寄せた三陸沿岸の海岸や島嶼には、日本でも珍しい海鳥の繁殖地があることを皆さんご存知でしょうか。岩手県宮古市の宮古湾沖にある「日出島(ひでしま)」、岩手県山田町船越半島の南の沖合にある「タブの大島」、岩手県釜石市両石湾の沖にある「三貫島(さんがんじま)」、宮城県女川町の沖にあり、牡鹿諸島に属する「足島(あしじま)」、これらの島々には日本でも貴重で珍しい海鳥たちのコロニー(集団繁殖地)が形成されています。

繁殖地
島自体が天然記念物

 これらの島々には、オオミズナギドリというミズナギドリや、コシジロウミツバメ、クロコシジロウミツバメ、ヒメクロウミツバメという3種のウミツバメが繁殖しています。コシジロウミツバメは、IUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)レッドリストでLC(軽度懸念)、クロコシジロウミツバメは、環境省レッドリスト(以下、環境省RLという)で絶滅危惧ⅠA類(CR)、ヒメクロウミツバメは、環境省RLで絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されている絶滅に瀕している鳥類です。
 そのため、クロコシジロウミツバメの大規模なコロニーがある日出島は、「日出島クロコシジロウミツバメ繁殖地」として、ウミツバメ類3種とオオミズナギドリが繁殖する三貫島は、「三貫島オオミズナギドリ及ヒメクロウミツバメ繁殖地」として、島自体が国の天然記念物に指定され、手厚く保護されています。

コシジロウミツバメ クロコシジロウミツバメ ヒメクロウミツバメ
コシジロウミツバメ クロコシジロウミツバメ ヒメクロウミツバメ
(撮影/中山文仁)
海の上のツバメ

 ウミツバメという鳥は皆さんにあまり馴染みがないかもしれません。ここで少しどういう鳥かをご紹介します。
 海にいるツバメというわけではありません。体はツバメより一回り大きく全長20cmくらい、翼を広げると40cm~45cmで、大きさは、ヒヨドリの尾羽を短くして、翼をもう少し広くした感じの鳥です。全体が黒っぽく、翼に茶褐色の翼帯があり、腰に白い帯が入る種類と入らない種類がいます。

 海水からの余分な塩分をこしとるための管鼻(かんび)という器官を持っていて、嘴の基部の上に丸い筒をくっつけたような嘴をしています。餌は魚類や甲殻類で、ひらひらと海面を飛びながら餌を探しています。上昇気流に乗って浮かぶように飛ぶ時もありますが、ひらひらしながら飛ぶのが印象的です。
 巣は、岩の割れ目や樹木の根元に作られます。時には、ミズナギドリの巣等に横穴を1mほどほり、落ち葉を敷き詰めて造られるようです。鳥のルームシェアですね。1回に産卵する卵の数は1個で、4~5月にかけて産卵します。雛は8月頃に巣立ち、小型の鳥では比較的長い時間をかけて子育てする鳥です。1年に1羽育てるので大事に雛を育てるのですね。

ウミツバメは嗅覚が非常に発達している。この管鼻で10km以上離れた餌場をかぎつけるといわれている。
(撮影/中山文仁)
津波による繁殖地への影響

 ミッドウェー諸島では、東日本大震災による津波で、地上で繁殖していたコアホウドリの雛が波に飲み込まれ、11万羽が死亡したという凄惨な出来事がありました。繁殖するコアホウドリの雛の22%が死滅した計算になるのだそうです。ミッドウェー諸島は海抜が低く、平坦なため、子育て中で逃げ遅れた親鳥や雛もろともを波がさらってしまったのでしょう。
 三陸沿岸の島嶼に津波が押し寄せた3月は、幸いにもウミツバメ類の繁殖期ではありませんでした。卵や雛、そして親鳥たちが波に飲み込まれるということはなかったようです。しかし、ウミツバメの繁殖地の島々は、大きな津波による塩害や土砂流出の被害を受けました。
 「公益信託サントリー世界愛鳥基金」の助成事業で行われた東日本大震災三陸沿岸島嶼緊急海鳥調査では、平均で海抜15~20mまで津波が到達した痕跡が認められました。到達した高さは地形により異なり、海に対してV字状に開いた地形では海抜20m以上に達したところもあり、最高到達点は40m程度にも及ぶところがあったようです。海水が到達した地点では、塩害により植物が枯死し、島の一部では、土砂の流出が見られたようです。

地震による繁殖地への影響

 津波による影響は軽微なもので済んだようですが、繁殖地の一つ三貫島では、地震によって崩落したと考えられる岩が、繁殖地の一部を埋めていることが確認され、繁殖ができそうにない状況になっていました。三貫島は、日本で唯一、ウミツバメ3種が繁殖する島で、今後ウミツバメ類が繁殖できるかが心配です。この状況を改善するためには、ウミツバメ類が繁殖できる巣箱(巣箱とそこに入るための導入管を備えたもの)を埋設し、繁殖活動を行えるようにする対策が効果的と考えられていますが、未だに対策が行われていないのが現状です。心配ですね。

沿岸に生きるガン

 コクガンは、その名の通り体は黒い色をしていて、お腹の下の方からお尻まで白く、首に白い首輪のような模様が入る綺麗なガンです。ガンですので、それなりに大きく、翼を広げると125cmにもなります。北極圏のツンドラで繁殖し、冬鳥として日本に渡来します。日本には北海道東部の野付半島を中継したのち、北海道の函館湾や青森県大湊湾、南三陸沿岸などで越冬します。浅い海や内湾などで生活し、アマモやアオサ類、アオノリ類などを採食するちょっと変わった海に生きるガンです。

コクガン
コクガン

 このコクガンですが、沿岸で採食することや、食物がアマモやアオサ類であることから、東日本大震災、とくに津波で、その生活する場が大きく変化し、影響を被ったようなのです。

漁港でいっぷく?
漁港で採餌するコクガン
漁港で採餌するコクガン
(宮城県気仙沼市 撮影/時田賢一)

 ガン類の研究者たちにより、東日本大震災による津波が、南三陸沿岸で越冬するコクガンに与えた影響が調べられました。調査は、三陸沿岸地域において、震災後初めての冬に行われました。
 調査の結果、震災前と震災後では、観察される個体数はほぼ変わらなかったのですが、観察される場所が異なるという結果が得られました。なんと、震災後、コクガンは漁港で人目を気にせず餌をとる光景が見られたそうなのです。コクガンは普通、漁港ではなく岩のごつごつした浅瀬の海に見られます。ガン類は警戒心が強く、漁港で観察されることは稀なのです。いったいどうしたのでしょう。

力強く生きる

 どうもその理由は、震災前の主な採食場であったワカメやカキなどの養殖筏が津波によって消失したため、いつもの場所では餌が食べられなかったことにあるようです。その代わり、地盤沈下した岸壁や船揚場が潮間帯となり、そこにアオノリ類等の海藻類が付着し、コクガンの餌場のような環境に変化したこと、さらに、震災後の漁港への人の出入りの減少に伴い、コクガンが妨害を受けずに安定的に利用できるようになったことが考えられるそうなのです。やっぱり生き物はしたたかですよね。
 さらに、もっと不屈だなと思わせる結果が得られています。1月まで漁港で採食していたコクガンは、2月下旬になると漁港を利用する割合が減少し、海上や砂浜を利用する割合が増加したようなのです。恐らく、ワカメやカキの養殖筏の復興、それらに付着した海藻類の生長につれてコクガンの餌が増加したことが要因と考えられています。震災や復興によってコクガンの生息環境は大きく変化したのですが、採食場所をシフトすることでその変化に対応したのですね。生き物ってすごいですね。私も見習いたいと思います。

(一般財団法人自然環境研究センター主任研究員 中山文仁)
コラム 津波を乗り越えて 日出島のクロコシジロウミツバメ

 2010年度、2012年度、2013年度に継続してサントリー世界愛鳥基金が助成した「クロコシジロウミツバメの巣箱を用いた営巣地の保全」を進めてきた公益財団法人山階鳥類研究所保全研究室の佐藤文男さんに、津波前と津波後の海鳥の様子などをお聞きしました。

 「私は40年近く前から、ひとりの研究者として岩手県宮古市の日出島に通ってきました。当時の日出島はすばらしい繁殖地で、夜になるとものすごい数のクロコシジロウミツバメが帰ってきて、地面の巣穴のなかで繁殖していました。1980年代に入るとオオミズナギドリの巣穴数が、クロコシジロウミツバメの巣穴数を圧倒的に凌駕し、日本で唯一の大規模な繁殖地であるこの島のクロコシジロウミツバメのDNAを絶えさせてしまうのは、研究者として見過ごせないと感じました。そこで90年代になってオオミズナギドリに邪魔されない営巣地の確保など、個人で保全活動を行ってきました。2010年に、保全活動の前進のためにサントリー世界愛鳥基金の助成をいただき、オオミズナギドリに影響されない巣箱を用いた営巣地の保全の活動をはじめました。」

巣箱内を観察
携帯端末を用いて巣箱内を研究室で観察
(撮影/佐藤文男 2012年6月26日)

日出島遠景
日出島遠景(日出島漁港から撮影、手前の空き地は津波で流失した住宅跡地)
(撮影/佐藤文男 2013年5月22日)
クロコシジロウミツバメ
クロコシジロウミツバメ
(撮影/佐藤文男 2013年8月8日)

 -そこに津波が押し寄せたのですね
「震災の同年6月に当地を訪れました。津波は島を飲み込んでいましたが、日出島の形がかわるほど破壊されたわけではなかったので、当初は海鳥の繁殖に影響はないと考えていました。ただし、繁殖地の表土は大きく津波に持っていかれてしまいました。繁殖に適した腐葉土で覆われた土壌は、オオミズナギドリが巣穴を掘るときにひっかき回して薄くなっていたところに津波だったので、相当薄くなってしまったようです。震災後の翌年にパタッとオオミズナギドリの巣穴数が減少しました。繁殖地の土壌さえなくならなければ、また盛り返すだろうと考えていますが、今年も減少していることは事実です。

 ちなみに、釜石市三貫島のヒメクロウミツバメの三陸唯一の繁殖地の表土は津波でさらわれてしまいました。日出島で開発した巣箱を、震災の翌年、三貫島の西側営巣地の津波とがけ崩れによって埋没した地域に埋め込むことができればと提案したのですが、叶いませんでした。今年の夏、三貫島を訪れたとき、繁殖地にはヒメクロウミツバメの姿を見ることができず残念に感じました。」
 鳥類の保全にはタイミングが大事で、議論をし尽くしている間に手遅れになってしまう、と佐藤さん。まずやってみる、という姿勢が生涯の研究活動に反映されているようです。

クロコシジロウミツバメのヒナ クロコシジロウミツバメとオオミズナギドリ
巣箱内のクロコシジロウミツバメのヒナ(巣箱蓋の裏に携帯端末カメラ)
(撮影/佐藤文男 2013年8月8日)
クロコシジロウミツバメとオオミズナギドリ(大きさの比較)
(撮影/佐藤文男 2013年8月9日)