トキの放鳥は、平成20年に開始してから、今年(平成25年)の6月で8回目を数え、これまでに放鳥したトキは125羽で、そのうち72羽が生存しています。昨年は野生下で8羽のヒナも誕生し、昭和51年以来36年ぶりのこととなりました。今年も14羽のヒナが誕生し*、巣立ってすくすくと育っています。
今月は、トキの野外での繁殖についてお話しします。
佐渡ではトキは雪の降り始める12月頃からペアとなる相手を探し始め、徐々に2羽で行動するようになります。お相手探しのときには、枝渡しという行動が見られます。オスが嘴にくわえた枝をメスに渡すことが多く、ペアが決まってくるとお互いに頻繁に枝の受け渡しをするようです。早いペアでは2月下旬から巣を作り始め、3月下旬には産卵をします。
スギやコナラなどの、地上からはおよそ10m以上の高さに巣は作られます。巣は枝を皿状に組んで作られ、直径は50~60cm、厚みが20~30cmほどの大きさです。巣の深さは10cm程度と浅いため、風などで巣が揺れたときに卵が落ちるのではないかと心配になります。
まだ佐渡に野生のトキが生息していた昭和40~50年頃は、山の奥に巣を作っていましたが、放鳥した最近のトキは、人家近くの林に営巣することが多いようです。巣の作り始めの頃は、オスがもっぱら枝を運んでメスが組み立てます。巣作りの後期になると、オスと一緒にメスも頻繁に枝を運ぶようになり、枝を組み始めてからおよそ3週間、早い場合では1週間程度で巣は完成します。
巣ができあがると3~4個程度の卵を産み、オスとメスが交代で抱卵します。卵の中でそのまま順調に発生が進めば、産卵からおよそ28日後にヒナが誕生します。
平成23年の繁殖期には7ペアが営巣し、全てのペアで産卵が確認されましたが、残念ながら孵化は確認されませんでした。しかし、巣の下に落ちていた卵の殻の内側から血液が検出されるなどしたことから、有精卵で発生が進んでいた卵が少なくとも2個はあったことが後に明らかになりました。この年ヒナが孵化しなかった原因はよく分かりませんが、強風を伴う大雨が降った翌朝に抱卵を放棄する個体がいたり、周辺でテンが頻繁に目撃される巣があったりと、いろいろな理由がありそうです。また、抱卵しているトキの近くに繁殖ペア以外のトキが頻繁に飛来するのが確認されました。抱卵しているトキは近くに来た個体をそのつど追い払ったりするために、落ち着いて卵を抱くことができず、充分に卵を暖められなかったということもあったのかもしれません。
平成24年は18組のペアができ、全てのペアで産卵が確認されました。4月22日には野生下で1組目の、5月5日に2組目、5月17日には3組目の卵の孵化が確認され、3ペアから合計8羽のヒナが誕生しました。1組目の巣については、5月5日からインターネット上にリアルタイムで動画が配信されましたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
今年の春も次々とペアが形成され始め、いよいよ野外での繁殖も本格化すると思われたのですが、そのペアのなかにきょうだいの組み合わせがあったのです。具体的には飼育下で同じ親から産まれた、平成19年生まれのオスと平成21年生まれのメスで、2歳違いの兄妹となります。きょうだい婚は血縁が近いため、産まれてくる子どもに障害をもたらしたり、致死性のある遺伝子が顕在化しやすくなるといわれています。また、将来的に個体群の遺伝的な多様性を低下させて、子孫に同様の問題をもたらすおそれが相対的に高くなることが指摘されました。このため、トキのきょうだいペアの取扱について、専門家による会議が急遽行われ、将来の遺伝的な要因による個体群への影響を考慮して「きょうだいペアから産まれる個体は孵化確認後、飼育下で育てることを目標とする」という方針が決められ、このきょうだいペアの卵から孵化した4羽のヒナを飼育下に収容しました。
現在、飼育下のトキには、平成11年に中国から寄贈されたオスのヨウヨウ(友友)とメスのヤンヤン(洋洋)との間に産まれた子どもたちであるA系統グループと、A系統に属するオスのユウユウ(優優)と平成12年に中国から借り受けたメスのメイメイ(美美)との間に産まれた子どもたちであるB系統グループがあります。これまでに放鳥されたトキのほとんどは、このA系統の個体とB系統の個体との間に産まれた個体ですから、野外で血縁の近い組み合わせのペアができる可能性は低くありません。このため、来年以降もきょうだいペアのヒナを収容することが生じるかもしれません。
このような問題はトキだけではなく、トキよりも先行して野生復帰が進められている、兵庫県豊岡市但馬地域のコウノトリでも起きています。コウノトリでも放鳥されている家系が限られ、また若鳥があまり分散しないことなどにより、兄弟姉妹や親子がペアとなる近親婚の確率が高まっているようです。但馬地域のコウノトリは人工巣塔で営巣しますが、近親婚となるペアの人工巣塔には繁殖ができないようにロープを張るなどして対策をとっているようです。
親鳥から餌をもらい、すくすくと大きくなったヒナは、孵化後およそ35日もすると巣立ちの時期を迎えます。体も大きくなって、巣の周りを歩き出すようになり、いつのまにか巣から離れるので、小鳥が巣穴からパタパタと飛び出すようなイメージとは全く異なります。いつが巣立ちかよく分からないので、環境省では巣から両足が初めて出た時を「巣立ち」と便宜上定義しています。
巣立ったばかりの幼鳥は、巣の近くの水田で親鳥と一緒に行動することが多いようです。まだ自分では上手に餌をとることができないので、1カ月程度は親鳥に餌をねだる姿が見受けられます。それでも親の様子を見て餌の捕り方を学ぶと、徐々に一羽でも餌を捕ることができるようになります。トキモニタリングチームの一番の心配は、巣立った幼鳥が雪深い佐渡で、一冬を過ごして春を迎えることができるのかということでした。寒さに耐えられるか、主な採餌場所である水田や池が雪や氷で覆われてしまっても、十分な量の餌を食べていけるかということです。
ところが、平成24年に野生下で誕生したトキ8羽が今年の6月には同時に確認され、巣立ちから1年以上経過しても生存していることが確認されました。野生動物の多くは一般的に、産まれた後の初期死亡率が高いものですが、8羽全個体が1年間生存していることは驚きに値します。今年野生下で巣立った幼鳥は4羽ですが、この子たちも来年の今頃に全員元気な姿を見せてくれることを祈ります。
平成21年度サントリー世界愛鳥基金が助成した「能登半島 里山里海自然学校(石川県)」の関係者に能登半島とトキについて聞いてみました。なお、トキといえば佐渡とされていますが、昭和4年にトキの生存が能登半島で確認されています。
能登半島に生息していたトキ「能里(ノリ)」が捕獲されたのを最後に、昭和45年に本州からトキが絶滅してしまいましたが、なぜ佐渡より先に能登のトキが絶滅してしまったのでしょうか。
「佐渡には高い山があり、地形が複雑ですが、能登には丘陵地しかなく、より開けているためトキが隠れる場所が少なかったからかもしれません」
今後石川県・能登半島でトキが生息できる可能性はあるのでしょうか。
「十分にあると思います。能登の現在の里山環境は、佐渡と同じようにすぐれており、佐渡でうまく行くなら、能登でも大丈夫と思います。ただし、佐渡では、農薬や化学肥料を減らす環境配慮型農業と農家はじめ住民の意識改革が急速に進んでいるのに比べると、能登のトキを呼び戻す本格的な取組ははじまったばかりです。佐渡と同時期に認定されたジアス(GIAHS:世界農業遺産)の効果を活かすには、もうすこし時間がかかりそうです。今後、能登でトキを人為的に放鳥するまでもなく、佐渡で放したトキが自然に移入してくると予想されます」。
現在、能登半島里山里海自然学校の活動のうち、里山里海の教育研究、人材育成などは金沢大学の「里山里海プロジェクト」へ、保全活動や住民参加型調査などは「NPO法人能登半島おらっちゃの里山里海」へと引き継がれ、お互いに連携、発展しながら、市民との輪を広げています。