いつの間にか出来上がっているツバメの巣。さて、巣材はどこから? 意外と知らないツバメのはなし。
ツバメは、世界でも最も広範囲に分布する鳥の一つで、ユーラシア大陸と北米の広い範囲で繁殖し、中南米、アフリカ南部、南アジアから東南アジア、オーストラリア北部で越冬します。日本では沖縄県以外の全ての都道府県で普通に繁殖しています。6亜種に分類され、日本で繁殖する亜種は、Hirundo rusutica gutturalisとされます。
額と喉が赤褐色で、体の下面は白色、体の上面は黒色ですが、上面の色は構造色といってコンパクトディスクがキラキラと虹色のような色に見えるのと同じ理屈で、光が当たるとメタリックな青色に見えます。雄は雌に比べて尾羽が長く、額と喉の赤い部分の色が濃くなります。
ツバメは、奈良時代から“つばくらめ”“つばびらく”“つばめ”の名で知られていたようです。また、“つばめ”の語源には諸説あるようで、主なものは以下のとおりです。
(1)「つちばみ」(土食)とする説
(2)「つば」光沢のこと、「くら」黒色のこと、「め」鳥のこと、とする説
(3)「つばくら」鳴き声からとする説
名前の由来は、鳴き声や容姿、特徴的な行動からきているようです。
ちなみにバードウォッチングを趣味としている人たちは、ツバメを「
皆さん、ツバメの巣は見たことがあるでしょうが、なぜその場所を選んで、どのような素材で作るのかご存じですか?いつの間にかできあがっているな、と思われる方が大半なのではないでしょうか。ツバメは名前の由来「つちばみ」にあったように、泥をどこからか咥えてきて、その泥を積み上げて巣を作ります。
まず、わらや枯れ草等と泥を絡めながら土台をつくります。土台ができると、下から上へと除々に咥えてきた泥団子のようなかたまりを積み上げるように立体的に形をつくっていきます。2、3日もあれば、あっという間にできあがり。
巣を作る場所は、皆さんご存じの通り、人家や納屋、市街地ではガソリンスタンドなどに作ります。ツバメの英名は、Barn Swallowというのですが、訳すと農家の納屋、牛小屋(Barn)ツバメ(Swallow)となります。
ツバメは、カラスや哺乳類などの外敵が近づけない、人が頻繁に行き交う場所に巣を作り、人を利用して外敵から身(巣)を守っていると考えられています。人が愛でながら巣を傍観しているところを見たツバメは、「しめしめ、人間が近くで見ているな。カラスは、この姿を見ているかな」と思っているのかもしれません。
近年減少傾向にあると言われているツバメですが、本当なのでしょうか?その要因を垣間見ることができそうな調査がいろいろと実施されています。
1995年に実施された「第5回緑の国勢調査」で、都市部におけるツバメの営巣状況が調べられています。東京都と大阪府では、臨海部の埋立地ではほとんど巣が見つからず、また、都心でも同様な傾向が見られました。巣を作るための建物には不自由はしませんが、巣の材料になる泥や、餌になる虫を手に入れるのが難しいのではと考えられています。また、2012年に実施された日本野鳥の会によるアンケート調査では、分布は、環境省の過去の記録(1997年から2002年にかけて実施した鳥類繁殖分布調査)とほぼ同様で、特に減少している傾向は見られませんでしたが、生息数は、最近10年間でツバメが減ったという回答が最も多く、ツバメが少なくなってきていると感じている人が多いことがわかりました。都市化が進むことで、ツバメは都会で子育てすることが難しくなってきているのかもしれませんね。
人間の世界では、世界的にその土地の文化によって好まれる男性、女性の容姿に違いがあるのはよく知られたお話ですが、ツバメの世界にもその生息域によって同じようなことがあるようです。ツバメは、雌が雄を選びます。もてる雄は雌の奪い合いになるようです。うらやましい…。
ヨーロッパのツバメは、尾羽(最も外側の羽根)が長い、尾羽の左右対称性が整った(左右の尾羽の長さが同じ)雄がもてるようです。北アメリカのツバメは、腹面の羽色が濃い雄がもてるそうです。
日本のツバメはどうでしょう。最近の研究で日本のツバメは、ヨーロッパやアメリカのツバメと同種なのに、選ぶ基準が異なるのではないかといわれています。日本のツバメのもてる形質は、喉の赤い部分の色が濃いことと尾羽にある白斑が大きいことなのではないかといわれています。
これらの特徴(形質)は、雄が健康であり、よい精子を持っている指標として雌に判断されるようです。自分の子孫をできるだけ良い条件で残そうと考える雌は、健康な雄を選ぼうとするのでしょうね。
なお、なぜ同種のツバメが地域によって違うオスをよい条件と考えるのかということについては、まだ未解明な部分が多く、研究が続けられています。
もてる雄を選択するという行動は、生物学では性選択と言われます。性選択は、進化生物学における重要な理論の一つで、異性をめぐる競争を通じて起きる進化のことをいいます。雌雄で著しく色彩や形態・生態が異なる動物について、その進化を説明するために、あのチャールズ・ダーウィンが提唱した理論です。人間も動物ですから、類に漏れず性選択が働いていると考えられています。一説では、音楽、芸術等の行動も、性選択の結果、進化した行動とまじめに考えられているようです。
2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震に伴う大きな揺れと津波によって、福島第一原子力発電所において深刻な事故が引き起こされ、大気中や海洋に放射性物質が大量に放出されました。大気中に放出された放射性物質は風によって移流・拡散し、地表面に沈着して環境を汚染しました。警戒区域に住む人たちは避難を余儀なくされ、未だに故郷に帰れず仮設住宅で暮らしている方々がいらっしゃいます。故郷に帰れない人々の心を思うと、その寂しさ、やりきれない気持ちは、想像を絶する程かとお察しします。
人々に多大な影響を与えたこの事故は、福島、特に警戒区域に生息する野生動植物にも少なからず影響を与えています。私たちは、放射線による野生動植物への影響を把握するための基礎情報の収集を目的として、2011年に警戒区域及びその周辺において、野生動植物等の試料を採取し、放射性セシウム濃度の測定等を行いました。
ツバメは前述したとおり、泥を主な巣材としており、放射性セシウムが集積される可能性が高いと考えられたことから、ツバメが繁殖を終えるのを待ってツバメの巣から巣材を採取し、その放射性セシウム濃度を測定しました。その結果、ツバメの巣から、最大140万Bq/kgの放射性セシウムが検出され、ツバメは、営巣中に周辺よりも高い線量の放射線に継続的に被曝している可能性があることがわかりました。2012年も引き続き同様の調査を行ったところ、138万Bq/kgと同程度の放射性セシウムが検出され、事故から2年経っても放射性セシウム濃度は高い水準にあることがわかりました。また、警戒区域内でツバメの生態調査を実施したときには、ツバメの巣を襲うハシブトガラスが何度も目撃され、卵、雛が捕食されているようでした。人がいなくなったために、巣を防御する機能が失われ、容易に外敵に襲われていると考えられました。
具体的な影響は出ていないものの、通常では放射性物質が含まれていない巣で子育てできるのに、びっくりするような濃度の巣で子育てをするツバメを見ると、かわいそうに思うのは私だけでしょうか。また、人がいなくなったことによって、ツバメは安全に子育てをすることができなくなっていると考えられます。警戒区域から非難している方々のことを思うと、野生動植物は二の次になるかもしれませんが、ツバメたちが安心して帰って来られる環境を整えることは、言い換えれば人間も帰って来られる環境になることだと思います。相当の年月がかかると思われますが、できるだけ早く人間も動物も普通の生活に戻れるよう切に願うばかりです。