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4月 身近な鳥たちの美味しいごちそう 満開の桜を一足早く散らしてしているのは誰? ヘルシー志向は誰?


 食べものが乏しい冬枯れの季節からサクラが咲く頃にかけ、身近な鳥たちは何を食べているのでしょうか。今回は身近な鳥たちの、思いがけないごちそうの話題です。


スズメ 鳥の世界も花より団子

 3月も中旬を過ぎると、日に日に気温も上昇し、モンシロチョウなどが飛びはじめ、春を感じる機会が増えてきます。それに伴い、まず気になりだすのは、サクラの開花ではないでしょうか。日本人が最も好きな花の一つであるサクラですが、サクラにも多くの種類や品種があります。お花見を楽しみに多くの方が待っているのはソメイヨシノかと思いますが、この春らしく華やかなサクラを待っているのは人間ばかりではないようです。

サクラをついばむスズメ
サクラをついばむスズメ(東京都台東区 撮影/中島朋成)

 サクラが7分咲きから満開となった頃、木の下に大量に散った花を見かけたことはありませんか?確かに満開になるとあっという間に散ってしまうサクラですが、いくらなんでも満開直後に散るなんてことはない筈です。変だなぁと思って散った花を見ると花びらが散ったのではなく、花全体がそのまま落ちていることに気がつきました。どうやら自然に散ったものではなく、花を散らした犯人がいるようです。そこで、樹上を注意深く観察すると……数羽のスズメを見つけました。彼らが花散らしの犯人なのでしょうか??


 答えはすぐに出ました。やはり犯人はスズメたちでした。せわしなく枝移りをしていたかと思うと立ち止まり、サクラの花に向かってくちばしを伸ばして、花の付け根部分をくわえると「ポキリ」、花をちぎったのです。その後、このスズメは、ひと昔前の映画に出てくるキザな若者のようにちぎった花をしばらくくわえたまま、もぐもぐとくちばしを動かしたのち、くわえた花を捨てました。このような行動を飽きることなく何回も繰り返していたのです。そのような行動をとっているスズメは複数観察され、その結果、木の下はスズメによってくいちぎられた大量の花が散乱していたのでした。

スズメ
普段は草木の種子、市街地ではパンくずなども食べる。また、農村では稲(お米)を食べて害を与えるが、繁殖期には子育てのため昆虫類をついばむ益鳥となる(福島県浪江町 撮影/中島朋成)

桜
スズメに穴を開けられたサクラ
(東京都台東区 撮影/中島朋成)

 スズメにくいちぎられて地面に落ちた花を拾って見たところ、落ちている全ての花の付け根部分(萼片がくへんと呼ばれる部位。この中にある子房の付け根に蜜を出す蜜腺があります)に穴が開けられていました。ここに穴を開けて何かを食べたようです。





 花を散らしてまでスズメたちが食べていたのは、サクラの蜜でした。サクラの蜜を利用する鳥としては、メジロやヒヨドリが知られていますが、彼らは花を散らすことなく蜜をなめることができます。これは、彼らのくちばしが細長く舌が長いことに加え、舌の先端部分が細かく分かれて筆のようになっており、花の蜜など液体状のものをなめ取りやすい構造をしているからです。これにより花の開放部分よりくちばしを差し込み、花を散らすことなく蜜をなめることができます。その際、前頭などに花粉を付けて受粉を助ける働きもします。一方、スズメはサクラの蜜まで舌が届かないため、強硬手段に打って出ており、蜜だけ盗んでいる状況、いわゆる「盗蜜」をしている状態のようです。

サクラにやってきたヒヨドリ
サクラにやってきたヒヨドリ(千葉県野田市 撮影/安齊友巳)

 このようなスズメによる行動は、都市鳥の研究家としても有名な唐沢孝一氏らによって1980年代後半頃から観察の記録が報告されています。一方で、江戸時代中期の画家である三熊花顛(1730~1794年)によって画かれた桜花小禽図にもスズメがヤマザクラの花をつつく姿が画かれていることから、もしかしたらその頃から見られた行動である可能性についても言及されています。


 この盗蜜という行為は昆虫類の世界でも報告されており、マルハナバチの仲間が坪型の花びらを持つオドリコソウなどの蜜を吸う際にスズメと同じように花びらの脇に穴を開けて蜜だけ奪う行動が知られています。ただ、このサクラ「ソメイヨシノ」は遺伝的に受粉しても種子がほとんどできない品種であるため、サクラにとってはどちらでも良いことなのかも知れませんね。


ヒヨドリ 冬場はヘルシー志向? 葉物野菜が大好き

 皆さんヒヨドリはご存知ですよね。ちょっとした都市公園や住宅の庭などでも見ることのできる灰色の、地味な鳥のことです。冬場、自宅の庭などにエサ台を設置している愛鳥家の皆さんのなかには、いつの間にかエサ台を占拠して、我が物顔でエサを独占している彼らのことを苦々しく感じている方も多いのではないでしょうか。ところで、なぜこの鳥にヒヨドリという名がついたのかご存知ですか?諸説あるようですが「ヒーヨ、ヒーヨ」と聞こえる鳴き声が由来という説が有力なようです。

菜の花を訪れたヒヨドリ
菜の花を訪れたヒヨドリ(東京都中央区 撮影/安齊友巳)

 このヒヨドリ、今でこそ我々にとってとても身近な鳥ですが、もともとは平野から山地にかけての林に生息し、市街地には秋に渡来して冬にかけてだけ見かける鳥だったのです。身近な鳥となったのは比較的最近のことで、1970年代頃と言われており、その頃より春になっても市街地に留まって繁殖する個体の出現が話題になったそうです。1970年代後半、私が小学生の時(すでに身近な鳥となっておりましたが)に所持していた鳥図鑑では、森林性の鳥として紹介されていたのを覚えています。前述の唐沢氏は、ヒヨドリが、都市環境へ進出できた理由の一つとして、何でも食べる雑食性の獲得を挙げています。ヒヨドリの本来の食性は昆虫や果実、花の蜜などでしたが、近年、スズメやカラスなどと同様にパンや残飯など何でも食べるようになったことから、都市部への進出が可能になったのではないかということでした。ただ、今も低山帯の森林は好きな環境のようで、里山などで鳥の調査を行うと、ヒヨドリがとてもたくさん確認される結果になることがほとんどです。


 また、このヒヨドリ、他の鳥たちや我々人間にもできない特技を持っています。それは食物繊維(セルロース)を自力で分解してエネルギーに変換できるという特技です。そのため、他の鳥がエサとしない葉物の冬野菜をついばんで問題となる例が報告されています。特に好むのはアブラナ科の野菜で、キャベツやブロッコリー、白菜などに被害が多いようです。前述したように、里山などに留鳥として留まっているヒヨドリの本来の食性は昆虫や果実、花の蜜ですが、冬期には昆虫類は少なく、秋に実った果実などは他の鳥たちにとっても重要な餌なので厳冬期にはとても少なくなってしまうため、葉物の冬野菜に手を出しているようです。
 ただ、これらの野菜に被害を出しているのは、一年中その場所に留まっている個体群ではなく、北海道や東北地方で繁殖し、越冬のため南方へ渡ってくる個体群であるという見解もあります。越冬のため北方より渡ってきた個体群は、本来の生活の場である林には、留鳥の個体群がすでに生活しているため入り込むことができず、仕方なく畑で野菜を食べているのではないかという考えです。このようにヒヨドリにも事情があるとしても、農家さんにとっては頭の痛い問題ではあります。





ブロッコリーに群がるヒヨドリ ヒヨドリに食べられたブロッコリー ヒヨドリ対策にネットを張る
ブロッコリーに群がるヒヨドリ
(東京都小平市 撮影/中島朋成)
ヒヨドリに食べられたブロッコリー
(東京都小平市 撮影/中島朋成)
ヒヨドリ対策にネットを張る
(神奈川県三浦市 撮影/中島朋成)


 冬野菜を食べてしまう報告もあるヒヨドリですが、一方、冬に咲くある・・花にとっては、とても重要な役割を果たしていることも知られています。
 その花とは「ツバキ」です。冬は受粉を助けてくれる昆虫類がほとんどいないので、昆虫の代わりに受粉を行うのがヒヨドリやメジロなどの鳥たちなのです。ツバキは、甘いものが大好きなヒヨドリやメジロを甘い蜜で誘って受粉の手助けをさせます。この時期、花を付けたツバキの木を見ていると、前頭やくちばし周りに黄色い花粉を付けたヒヨドリやメジロを観察できるはずです。

ツバキの花粉をつけたメジロ
ツバキの花粉をつけたメジロ(東京都東村山市 撮影/中島朋成)

 世界的に見るとヒヨドリの分布はとても局地的で、日本の他には朝鮮半島の南部と台湾、フィリピン北部の狭い範囲にしか分布していません。そのため、欧米の愛鳥家の方のなかには、わざわざこのヒヨドリを見ることを一つの目的として来日される方もいるようです。また、知り合いから聞いた話ですが、通っていた英語教室のアメリカ人の先生が、庭先にやってきた鳥を「とてもラブリーな鳥」と感激していたので、その鳥の特徴を詳しく聞いたところ、「灰色で、ほっぺたが赤くて…」と、結局ヒヨドリと判明し、「なーんだ」ということがあったそうです。
 でも、このように我々にとっては非常に見慣れている鳥であっても、実は海外の人にとっては、珍しい野鳥ということもあるのです。そんな新鮮な気持ちで、この春、ヒヨドリをもう一度観察し直してみてはいかがでしょうか。



(一般財団法人自然環境研究センター 上席研究員 中島朋成)