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11月 トキ ミッション! 放したトキを探せ


今年(平成23年)の9月27日に、佐渡では5回目のトキの放鳥が行われ、新たに18羽が野外に放されました。
今月は、トキに携わる現場の研究者からの苦労話などをお届けします。

トキってどんな鳥?

 皆さんご存じのように、トキの体は全体的にシラサギのように見えますが、顔と足が赤いのが特徴です。この顔の赤い部分には羽が生えておらず、皮膚がそのまま露出しています。間近で見ると、遠目に見たときとはかなり印象が異なります。

赤い顔
赤い顔

また、羽の色はうすい桃橙色(いわゆる朱鷺ときいろ)をしていますが、繁殖の準備が始まる1月頃になると、首の近くの黒い皮膚が厚くなり粉状になってはがれ落ち、その粉を頭から背中にかけてこすりつけるために、体の色が部分的に黒く見えます。

朱鷺色の羽 繁殖羽
朱鷺色の羽
繁殖羽

カラスのような感じで、「アー、アー」と鳴きますが、あの優雅な姿からはちょっと想像しがたいですね。


トキの声



羽箒はねぼうきになったトキ

 江戸時代の頃には、トキはほぼ日本全国に生息していました。しかし、明治時代には羽箒や布団などに羽毛を使ったり、食用などのために乱獲されるようになりました。また、昭和時代になってからは水田が急速に開発されたり、農薬が多用されたりして、トキの生息環境は悪化し、その後も数を減らし続けました。
 昭和56年、野外で生息する最後の5羽が佐渡で捕獲され、日本のトキは自然界から姿を消すと共に、飼育下での人工繁殖の取り組みが本格的に開始されました。平成11年に中国よりトキのペアの贈呈を受けて、日中協力のもとにトキの保護増殖を行った結果、平成19年には飼育個体が100羽を越えるまでになり、トキを再び佐渡の空に帰す取り組みが始まりました。

 トキの野生復帰では、平成27年頃までに小佐渡東部に60羽が定着することを目標としています。第1回の放鳥は平成20年9月25日に行われ、10羽のトキが27年ぶりに日本の空を舞いました。その後4回の放鳥を経て、これまでに78羽が放され、最近ではおよそ30~40羽が野外で確認されています。

第1回放鳥個体と共に群れをつくる第2回放鳥個体(第2回放鳥後約50日目)
第1回放鳥個体と共に群れをつくる第2回放鳥個体(第2回放鳥後約50日目)
トキ殺しのテンの襲来

 ひとことで放鳥といっても、ただ飼育室からトキを連れてきて放すわけではありません。飼育下では近親交配などが起こらないように、遺伝的な系統を管理しながらオスとメスを組ませて産卵させ、個体数を増やしています。そのなかから偏りが無いように、オスやメスの数、血統、年齢などを考慮しながら、放鳥のための個体を選定しています。
 選定された個体は、広さ約4000平方メートル、高さ15mの大型順化ケージに移されて、飛翔や採餌などの訓練をおよそ半年にわたって行います。

 普段飼育されている場所は広くないので、トキは上手に飛ぶことができません。大型順化ケージに移した直後は、ケージ内のネットなどに衝突してけがをするような個体もいますが、数日すると徐々にケージの中を上手に飛び回れるようになります。
 放鳥後に水田などで採餌しているときに農作業の車に驚かないよう、順化ケージのそばに軽トラックで近づくといった訓練も行っています。最初は驚いて飛び回るようですが、これも徐々に慣れていくようです。

順化ケージ内部
順化ケージ内部。トキが採餌訓練するための池や、湿地、水田がつくられ、止まり木の幹には、万が一に備えて動物が木に登れないように金属板が巻いてある


 平成22年3月、その訓練中に侵入したテンに襲われるという不幸な事件がありました。その後、テンが侵入可能な穴を全てふさぐと共に、ポリカーボネイトとよばれる丈夫なプラスチックの板でテン返しを付けたり、電気柵を設置したりして、テンの侵入を防ぐようにしました。
 しかし、佐渡は雪が降る地域ですので、雪によってテン返しが破損したり、積雪によって電気柵が埋まってしまうこともあるため、テンが侵入しないように維持管理するのは大変なようです。

テン返し 電気柵
鉄骨から庇のように飛び出している透明な板が「テン返し」
電気柵。何段も左右に伸びているワイヤーに電気が流れる。ワイヤーに触れると電気的な刺激があるが、触れた動物が死ぬようなことはない

トキを追え!

 放鳥して野生復帰が終わりということではありません。その後、トキが自然の中でしっかり生きていけるのかどうかを見守る必要があります。放した個体はどこにいるのか、ちゃんと餌を食べているのか、トキの生息に障害となるものはないかなど、トキを追跡調査してその結果を後の取り組みに活かしていかなくてはなりません。
 このため、モニタリングチームが組織され、調査を開始することになりました。とは言え、27年ぶりの野生のトキですから、どのような生活をするのかは全く分かりません。
 まずは、トキがいそうな水辺や水田を1枚1枚くまなく探し、トキがとまりそうな木も1本1本見て回り、一般の方々から、トキらしい白い鳥を見たという情報が入れば、すぐに駆けつけて確認に行くなど、トキの追跡を手探りで始めました。トキの行動が安定してきて、いつも同じねぐらを使うことが分かってからは、毎日、トキのねぐら出からねぐら入りまで、丸一日追跡して行動を調べました。トキを驚かせて飛ばすことのないよう、車の中から出ないようにして、遠くから望遠鏡で観察する日々は、現在までずっと続いています。
 放鳥個体には、あらかじめ翼に着色したり、足に色つきや番号入りの足輪をはめたりして、遠くからでも個体が分かるようにしましたが、トキの羽は1年で生え換わるため、だんだん色がなくなってきますし、夏に草丈が高くなってくると、足輪が全く見えず、個体を識別するのも一苦労です。

個体識別マーキング 個体識別マーキング
個体識別マーキング
足をよく見ると、番号入り足輪と色つき足輪が装着されているのが分かるが、足輪による個体識別は慣れてきても困難なことがある


 それでも、個体を識別しながら追いかけ、餌を食べる様子なども観察し、位置情報がわかるGPS発信器のデータなども合わせて、モニタリング調査でいろいろなことが分かってきました。

調査で分かったこと

 これまではトキは主にドジョウを食べるのではないかと考えられていたのですが、夏には稲が生長して水田に入れないためか、畔などでミミズをたくさん食べることが分かってきました。

ミミズを食べる
ミミズを食べる

 冬の間は餌生物が少なく昼の時間が短いため、日中のほとんどの時間を採餌に費やしますが、夏は昼間の時間も長く餌生物も多いため、特に暑い日には長時間木陰で休んでいることもあります。





 意外と長距離の移動ができることも分かりました。第1回放鳥個体のうちの1羽は、放鳥後およそ半年で本州に渡り、その後、福島県、宮城県、山形県を転々として、富山県にたどり着き、今でも富山県で確認されています(H23年10月末現在)。また、一時期放鳥したメスがみな本州に渡ってしまうことが話題になりましたが、本州に渡った個体が佐渡に戻ったり、佐渡と本州を何度も行き来する個体がいました。
 おおむね1日の行動や、年間を通しての生態、食べているものやその環境などが分かってきており、最近では営巣や抱卵など繁殖に関する調査にも取り組んでいます。

トキ放鳥の人間との関わり

 トキの野生復帰とは、ただ単にトキを自然に放すということではありません。一度は日本から野生のトキがいなくなりましたが、トキが生息できるような環境を整えて、過去に生態系の一部であったトキを自然界に放鳥することは、本来の生態系を復元することにつながります。トキが安心して暮らせる環境は、自然と人間の共生が可能な、私たち人間にとっても安全で安心な環境となります。
 第1回放鳥に先立って、地域の方々やNPO、行政などが放棄田などに餌場の復元やビオトープ作りをしたり、里山保全活動などを行い、トキが餌をとれるような環境を整備しています。

 また、佐渡市では「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度を作り、化学農薬・化学肥料の使用を減らし、水田の生き物の多様性が増すような、(水田の深み)の設置、冬水ふゆみず田んぼ、魚道の設置、ビオトープの設置などを行っています。そして、栽培したものを認証米として認定するなど、農家と共に自然と人間が共生できるような環境作りにも取り組んでいます。

トキの餌場となるビオトープ
トキの餌場となるビオトープ

江 認証米
水田の脇に細長く水がたまっているところを江という。
収穫期などに水田から水を抜いても、江には水が
たまっているので、水生生物が残ることができる
認証米


 このトキの放鳥をきっかけに、トキと人間が安心して暮らせる環境を復元すべく、様々な取り組みが始められています。このような取り組みが実り、野外でも繁殖が成功し、たくさんのトキが佐渡、さらには日本全体に広く定着する日が早く来ると良いですね。

((財)自然環境研究センター 主席研究員 安齊友巳)

*記事中の写真・映像は、環境省調査の一環で撮影したものです。
トキ豆知識 中国にはトキがたくさんいるってホント?

 平成16年度サントリー世界愛鳥基金が助成した「NPO法人日本中国朱鷺保護協会(石川県)」では、中国のトキが生息する環境を調査しています。
 NPO職員の西屋馨さんによると「現在、中国に生息するトキは、飼育下も含めて約1800羽です。生息数が多いのは、国をあげてトキの保護を進めており、カラスなどの天敵が少ないから」とのこと。また中国でのトキの様子は「中国では野生のトキが民家に近い場所に営巣しており、一昔前の日本の風景と重ねることができます。田んぼには、トキを守ろうという看板があちこちに立っており、保護の意気込みを感じます」とのことでした。トキが安心して生息するできる場所はヒトにとっても安心な場所、という認識は中国も日本も同じようです。