平成23年6月24日に小笠原が世界自然遺産に登録されました。
今月は、遠く小笠原諸島からの珍しい鳥の話です。
小笠原は東京から南へおよそ1,000km離れた場所にあって、おがさわら丸という大きな船に丸一日以上乗らないと行くことができません。しかし、遠いだけあって、ミズナギドリやウミツバメの仲間などの沿岸域ではなかなか見ることのできない珍しい海鳥たちを見ることができます。
船が小笠原に近づくと、何羽もの大きな鳥が私たちを歓迎するかのように、船のすぐそばを一緒に飛ぶ様子を見ることができます。
カツオドリです。私たちに興味があるのか、船と一緒にずっと付いて来ます。しばらく見ていると、船に付いて来る理由がわかりました。どうやら、船と一緒に移動しながら、走る船に驚いて海上に飛び出すトビウオを狙っているのです。私たちを歓迎していたのではなくて、船を利用しながら魚を捕っていたのですね。
ところでなぜカツオドリなのでしょうか。トビウオは丸呑みにできても、さすがに1m近くあるカツオは無理なので餌に由来する名前ではありません。実は、カツオドリが集まるところには、鰹や小魚なども集まっていることから、漁師さんから魚群を知らせる鳥と見なされたことが名前の由来のようです。
カツオドリ おがさわら丸より撮影 |
小笠原に着いて、あたりを見まわしてみると何かが違います。本土では、あれほど姿を見せるカラスやスズメがいないのです。また、小笠原では、キツツキやキジ、シジュウカラの仲間なども生息していません。本土から約1,000km離れた島ですから、いくら翼を持っていても、本土からこの島にたどり着けなかったのでしょう。
反対に、世界中で小笠原の母島にしかいないメグロという鳥もいます。メジロという目の回りに白いリングのあるかわいい鳥をご存じの方も多いと思いますが、メグロは、目の回りに黒い逆三角形があって、メジロよりひとまわり大きな鳥です。
母島ではキツツキやシジュウカラがいないため、メグロがキツツキの利用するような木の幹を動き回って餌をとったり、シジュウカラが営巣に利用するような樹洞に巣を作ったりする個体のいることが知られています。母島では、競争する相手がいないため、地上から木のてっぺんまで、自由にいろいろな場所を使うことができるようです。
アホウドリは150年ほど前には北太平洋に数十万羽も分布していましたが、羽毛布団の材料を取るための乱獲などによりその数は激減して、現在、地球上で伊豆の鳥島と尖閣諸島でしか繁殖していません。伊豆鳥島では、これまで崩れやすい火山礫の堆積した傾斜の急な場所(燕崎)に集団で繁殖していました。そのため悪荒天などにより土砂が崩れて、卵やヒナが転がり落ちたり、埋まったりするなどの事故が多く、なかなか個体数が増えませんでした。そこで、山階鳥類研究所が傾斜のゆるい場所(初寝崎)へ繁殖地を誘導して数を増やす、デコイ作戦を実行しました。
デコイとは鳥の模型のことで、初寝崎にデコイをたくさん置いて鳴き声を流すことで、本物のアホウドリが仲間の姿や声と間違えて引き寄せられ、定着してくれることを期待した作戦です。このような模型に、果たして本物の鳥が寄りつくものだろうかという疑問もわきますが、このデコイに恋をして9年間も求愛行動をし続けた個体もいたようです。
この作戦により1995年に1つがいが産卵から巣立ちまで成功させたのをはじめとして、2006年には24つがいが産卵し、16ヒナが孵化して巣立っていきました。また、初寝崎生まれの個体が再び同じ場所に戻って来たほか、繁殖期には複数のアホウドリが飛来し、小さな集団の様相を呈して来たことから、2006年5月からはデコイを撤去して、自然の成り行きを見守ることになりました。
しかし、心配の種は尽きません。伊豆鳥島は火山島なので、いつ噴火するかわかりません。尖閣諸島は調査や保護活動ができない現状です。このため、第3の繁殖地を小笠原諸島の
誘致の方法は、伊豆鳥島と同じくデコイを利用しますが、それだけでは効果が期待できないことから、伊豆鳥島で孵化したヒナをヘリコプターで移動して聟島で巣立たせるという方法がとられました。生後およそ1ヶ月のヒナを運ぶのですが、そのときのヒナはフワフワ(綿羽)でプヨプヨ(脂肪)だそうです。アホウドリのヒナは、巣の中でほとんど動くことはなく、ひたすら親から餌をもらい続けてゆっくり生長する晩成性です。ですから、まだ骨格などもしっかりしていないため、移送の時には大きな豆腐を崩さないように丁寧に運ぶよう気をつかったと関係者は述べています。
2008年2月に伊豆鳥島の燕崎から聟島に10羽のヒナを移送して人工飼育が始まりました。5月中には10羽すべてが巣立ちました。発信器を装着した個体の動きを見ると聟島を巣立ったのち順調に北上して、ベーリング海やカムチャッカ半島周辺にまで移動していることがわかりました。2009年からは、毎年15羽ずつ移送してすべての個体が巣立っていくのが確認でき、2011年には2008年に巣立った6羽と2009年に巣立った1羽が聟島で確認されました。自分が巣立った場所へ戻ってきているようで、今後何羽戻ってくるか期待されるところです。
さて、引っ越し作戦がすんなり成功しているように見えますが、その裏には関係者の多大な苦労があるのです。ヒナを移送してから巣立つまでのおよそ3ヶ月半は毎年常時5~6人のスタッフが無人島の聟島に常駐しています。毎朝暗いうちから餌の準備をして、2時間もかけて15羽のヒナに餌や水を与えます。今回の大震災で関東周辺にペットボトルの水などが無くなったときには、小笠原でも物資が不足して、アホウドリ用に調達するのはとても大変だったようです。今年巣立った15羽も、是非また小笠原に帰って来てほしいものです。
なお、これらの事業はアメリカ合衆国魚類野生生物局、環境省、三井物産環境基金、サントリー世界愛鳥基金などの支援で行われました。
*アホウドリの写真提供:(財)山階鳥類研究所
大丈夫です。ミズナギドリなどの海鳥には